上のことば、宗門が二〇二三年にお迎えする「親鸞聖人ご誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要」のテーマである。「テーマの願い」として次のように発表されました。

私は、この地、この時に生を受けている。このことを精いっぱい尽くして生きたい。悩み、苦しみは私に押し寄せてくる。でもそれは「いきること」を奪うものではない。
私の心の奥底にある「生きたい」という声に耳を澄まそう。 その時、私に届けられている声にきづく。それは私を呼ぶ声、南無阿弥陀佛。
佛のみ名を呼ぶことは、佛の呼び声を聞くこと。その呼び声の響きの中で、人と生まれたことの意味をたずねていこう。

種から芽が出て花が咲き、花は枯れても種が残りまた花を咲かすように。

私たち真宗門徒は、現代と云う複雑な人生の中で、悲喜こもごも悲しみを棄て、喜びを求めようとしますが、悲喜に惑う私を受け止めて下さるのが阿弥陀佛のはたらきです。
いつでも、どこでも、誰でも、どんなことに出会っても、「わが名を称えよ」と呼びかける声が、南無阿弥陀佛です。私の声にまでなって私に、呼びかけて下さっている、佛の声です。 私の残り少ない人生をかけて、この願いを聞いてゆきたい。

南無阿弥陀佛




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