清沢先生は知る人ぞ知る素晴らしい求道者です。明治人らしい言葉使いの文章ですが、親鸞聖人の教えを、日常の言葉でかたられ、佛教の難しい言葉を使わず分かりやすく伝えようと努力下さった先生です。それでも、先生の在世当時から百年過ぎ去っていますから、堅苦しいと、感じられるかもしれません。

「我、他力の救済」云々の文章は、明治三十六年四月一日親鸞聖人の誕生会が開催され、お祝文いの言葉として書かれたものです。 三つの項目が謳いあげられ、三つとも他力の救済で始まっています。

Ⅰ、「私が、他力の救済を念ずるとき」とは、私が南無阿弥陀佛のお念佛を申しての生活は、山あり谷ありの人生だが、道が開ける。しかし、私が他力の救済をわすれた時、自分中心の生活に落ちいり、進むべき道一が閉ざされる。(意訳)

II、「私が、他力の救済を念ずるときは、物欲のために迷わされることが少なく、私が他力の救済を忘れた時、私は物欲のために迷わされることが多い」

Ⅲ、私が、他力の救済を念ずるときは、世に処するところ光明が照らしてくれる、私が他力の救済を忘れた時、私が、世に処するところを黒闇がおおう」

私たちの日常は煩悩に迷わせされる生活です。それ以外にありません。お念佛を信じるとはどんなご利益がありますか?を、こういう事だと告白された文章です。

南無阿弥陀佛




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