霜月十一月二十八日は、宗祖親鸞聖人の祥月命日である。 東本願寺では、二十一日から二十八日までご正忌報恩講が勤まる。

宗祖は、今から七百五十七年前の十一月の下旬、体調を崩され、二十八日の正午ごろ命終された。享年九十歳。その間の様子を、「世間の事は一切語られず、ただ仏恩の深きことをのみ述べておられた」と、伝記は今に伝えている。

報恩講の「恩」の字を漢和辞典で調べてみると、口と大と心という字から出来上がっている。口は、ムシロ(蓆)を表し、ムシロの上に人が大の字に寝そべっている姿だそうだ。ムシロとは、毎日お世話になっている布団にあたる。それを下から支えている姿を表現されているという。

報恩講とは、親鸞聖人のご命日を縁として、聖人から賜っている恩に報いる学びという事である。一体どんなご恩を賜わっているのだろうか。 両親とか、あるいは今日までに色々とご支援くださった方々からの頂いたご恩は、分からないことはない。しかし、親鸞聖人から賜ったご恩とは?

親鸞聖人は二十九歳の時「雑行を棄てて本願に帰す」と宣言され、 これからの人生、「価値や、成果を追い求める生活を棄て、阿弥陀如来の本願のはたらきに託した日暮をする」と、誓われたのである。 本願のはたらきに託した日暮をする」と、誓われたのである。

本願のはたらきに託すとは、本願のいわれを聞かせて頂いて、「自分は自分として既に出来上がっている」自分に、きづかせて頂くのである。

今、ここ、にしか自分は生きていないのだから。

冒頭の「天命に安んじて」とは、本願力に安心してということ、この私が佛から無条件に肯定されている。だから結果の如何を問わず、堂々と歩んで行くのだ。

南無阿弥陀佛




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